人生で救急車に16回もお世話になった病弱な自分(健康=幸福)

こんにちは京介です。

 

私はド底辺フリーターから脱サラし、

3社起業した後、事業を売却。

 

その後、ゼロからのコンテンツビジネスで

毎月100万越えの不労所得を得ています。

 

紆余曲折いろいろあり過ぎた50余年。

かなりの遠回りをしてきた人生です。

 

この記事では、

・人生は一度きりなのに、パワハラによって奪われる

・女神の怒りに触れることなかれ

・幸福であるためには準備が大事で、

 健康もビジネスも予防する事でより良い未来がやってくる。

 

をお伝えします。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

50年間で16回、救急車にお世話になりました。

 

私が初めて救急車にお世話になった時の事です。

 

夜中に突然「嘔吐」と「腹痛」が襲ってきました。

 

トイレに行って何度も吐き、

胃液が出て吐くものが無くても、

嘔吐が止まりませんでした。

 

 

 

お腹の激痛で動けないまま、

しばらく様子を見ても酷くなるばかり。

 

今までの人生20数年間、

風邪ぐらいしか病気になった事が無いので、

こんな経験は初めてです。

 

 

高校生の時は皆勤賞を取ったぐらい

風邪も引かなかったので。

 

 

流石にこれは我が人生の「緊急事態」だと理解し、

携帯電話で「119」を人生で初めてプッシュします。

 

 

意識もうろうとしている中、

オペレーターの女性につながります。

 

苦しくて、は〜は〜してうまく話せません。

 

きゅ・きゅ・きゅう・きゅう・し・しゃ・・・

 

こんな感じで、具合が悪い様子を伝えます。

 

 

名前や住所を伝えて、

しばらくするとサイレンと共に、

救急隊員さんたちが助けに来てくれました。

 

病院に着くと、点滴を受けますが、

一向に嘔吐が止まりません。

 

 

ベッドに横になりながら、

顔の横にビニル袋を置かれ、

 

一晩中、黄色い胃液を吐き続け

点滴の薬の量を増やしてもらって、

ようやく眠りにつきました。

 

 

 

嘔吐している時の、

永遠とも思える地獄の苦しみ

本当に辛かったです。

 

 

私はこの後、この同じ症状で、

6回も救急車で病院に運ばれる事になります

 

 

 

なんでそんなに?

なんかの持病

 

 

そう思うかもしれません。

私も最初は「原因」が分りませんでした。

 

でも、2度3度と倒れる事で、

馬鹿な私でも合点がいきました。

 

もうこれしかないです。

 

「ストレス」

 

 

 

仕事のストレスで体を壊していたのです。

 

今までの人生で、

ストレス」を感じなかったのか?

 

決してそんな事はなかったと思います。

 

 

親からの虐待、いじめ、

頭がハゲてしまうのではと思うぐらい、

悩んだ事もありました。

 

 

でも、この入院するような

痛みを伴う「ストレス」は、

私の「精神力」を超えて、

 

直接身体を蝕む(むしばむ)別次元の物でした。

 

 

 

生まれて初めて感じた、

私の精神力の限界を突破して

攻撃してくる「精神的暴力」。

 

 

ただ単に、

私の「ストレス耐性」が弱いのかもしれません。

 

そんぐらい「ブラック企業」だったら当たり前だよ!

まだそのぐらいならマシな方だよ!

 

なんて、

 

強者の方々もいらっしゃるとは思いますが、

私はそんなに強くなかった・・・今もです

 

 

 

その時、私はこんな職業に就いていました。

 

「教材販売」

 

お馬鹿な私は、求人冊子の「フロムA」で、

「月収35万円~」というだけで、

「金が稼げる!」と思い込み、

中身も知らず、その会社に飛び込みます。

 

 

 

そこは、

小学校1年生から中学校3年生まで、

9年間の「教材セット」を販売する会社でした。

 

支店長や、その上の部長に会うと、

いかにも成金で、ホストみたいなスーツを着て

威張り散らしています

 

 

「金持ちそうだな。この会社そんなに儲かってるのか!」

しかし現実は甘くはなかった・・・

 

後から気づきましたが、

上層部はやはりそっち系の方が経営しているようでした。

 

 

 

そこで私は金を稼ぐため、

働き始めます。

 

朝から晩まで、ひたすら「テレアポ!」

 

使い古した「リスト」が渡され、

何回も何回も電話をかけられ断られたリスト。

 

そこから「アポイント」を取り、

自家用車でアポ先に訪問し、

 

教材の説明をひたすらして、

300万円のローンを組ませる!

 

 

 

というお仕事です。

 

300万円のローンを組ませれば、

成果報酬が「40万円」貰えます。

 

1件成約すれば「40万円」。

「美味しい!!!」

そう思いますよね・・・

 

 

 

ちなみに、1件成約すれば、

 

本人に40万円、

 

支店長40万円

 

部長 60万円

 

そんな報酬が入っていたようです。

 

教材セットの原価なんて

数万円程度じゃないでしょうか。

 

ねずみ講のように上が吸い取る仕組みです。

そりゃ〜儲かりますよね!

 

 

支店長は年収4000万

部長は年収6000万とか言ってました。

 

毎晩キャバクラにも行きますよね。

 

 

行きたくもないのに

キャバクラに連れて行かれた時、

 

さんざん浮気話を自慢され、

嫁がうるさくてよ~」なんて、

浮かれた話を聞かされていました。

 

私はと言うと、

まず使い古された「リスト」から、

アポイントなんて取れません。

 

 

電話をかけて、

「〇〇アカデミーの〇〇です」って

言っただけで、

 

この前も断ったんですけど!」と

 

ガチャ切りされる始末。

 

アポイントが取れなければ、

支店長の「怒号」が飛んできます。

 

俺の稼ぎを取って来い!!」って意味で、

部下を叱責し続けます。

 

 

 

テレアポの専門アルバイトの方もいて、

その方が取ったアポを割り当てられる事もありました。

 

お前ここ行って来い!契約決めて来いよ!

 

渡されたリストの先に訪問し、

ヨシ頑張るぞ!」っと

意気込みますが、

 

テレアポ専門アルバイトさんも、

実績を出すために、

お客さんの「確約」を貰っていないのに

アポ取りました!」ってリストを出しているのです。

 

そのため、

「ピンポーン」

チャイムを鳴らし、

「〇〇アカデミーの~」

って名乗っただけなのに、

 

父親らしき男性から、

家内が断っただろ!2度と来るな!顔も見たくない!」

なんて、インターホン越しに怒鳴られ、

 

俺がなにした?は?

みたいな事はざらにあり、

 

もちろん「手ぶら」で帰る事になります。

 

 

 

帰社して支店長に状況を説明すると、

「何やってんだテメー!」

「このアポ獲るのに、どれだけ金かかってると思ってんだ!」

 

「てめぇーコラァー!!ワーワー§♪末×●&%#?!!!!!」

延々と怒られます・・・

 

 

 

契約を取れず、売り上げが上がらない人間に

人権」などありませんでした。

 

この仕事を辞めてから、

サラリーマン時代にも

何度か同じ痛みで入院しています。

 

会社の業績を上げる為、

上司の成績を上げる為、

自分の給料を稼ぐ為、

 

やりたくもない仕事をし、ストレスを溜める。

 

 

 

人生って、

生きるって、

どうしてこんなに辛いんですかね・・・

 

 

 

次は「腰痛」で動けなかった時の話。

 

私は高校生のころから「腰痛持ち」で、

整体院に当時からよく通っていました。

 

成人して「ぎっくり腰」が癖になり、

何度も体が曲がって歩行困難になっていました。

 

ぎっくり腰になると、

体が曲がったまま元に戻らなくなります。

鏡を見ると、正面の体がS字に曲がっています。

 

自分の意志では元に戻せない。

 

体がこのまま曲がったままなのか

 

 

どうにかしてもらおうと整体院に行くも、

病院に言った方がいいですよ」と

 

うちじゃどうにもできねーし

みたいな雰囲気で、

適当にマッサージをされている私でした。

 

 

 

整体院って、先生の技術の差がすごくありますよね。

ゴッドハンドを持つ先生はどこかにいませんか?

 

知っている方、ぜひ教えてください。

 

私の場合、重いものをいきなり持って、

「ギクッ」となるぎっくり腰ではなくて、

 

日々の疲労が少しづつ溜まって、

「ある日突然動けなくなる」というパターンでした。

 

腰の痛みが尋常ではなく、

横になってうずくまり、

全く動くことが出来なくなります

 

この腰痛でも、何度となく救急車のお世話になっていました。

 

経験した方は分かると思いますが、

 

病気が発症してから、痛みがなくなるまで、

1番辛い時間」があります。

 

それは、救急車に運ばれてから、

救急隊員さんが受け入れの病院を探すまでです。

 

 

特に夜中の病院は、

当直の先生も少なく、ベッド数も少ないです。

 

 

救急車の中で、隊員さんが病院の空きがあるのか

電話をして確認しますが、

どこも受け入れが出来ずに「たらいまわし」。

 

のたうち回って苦しんでいるのに、

何の処置もされず、

痛みをひたすらガマンしなければなりません。

 

正に地獄

 

地獄の苦しみから逃れた後も、

屈辱」を受ける事になります。

 

 

 

病院のベッドへ横になるも、

まったく動けないので、

トイレに行けないのです。

 

動けない人はベッドの上で

排泄しなければなりません。

 

そうです「オムツ」!

 

 

 

あなたは経験がありますか?

オムツにおしっこするって・・・

 

 

やった事が無い方は、将来の介護のために

一度経験してもいいかもしれません。

 

出ないんです

おしっこが・・・・

 

ぼうこうがいっぱいでおしっこしたいのに、

オムツの中に出そうとしても

出ないんです

 

自分の意志でコントロールできない

 

マインドブロック?

 

いつも神経が通っている機能が、

何かの影響を受けて遮断されている。

 

 

 

おしっこが出ない辛さ・・・

「泣きっ面に蜂」

どこまで苦しんだらいいのか

 

 

 

結局、どうにもならないので看護師さんに

トイレまで車いすで連れて行ってもらい、

用を足す「生きる屍」の私でした。

 

 

 

1週間から10日ほど入院する事になりますが、

動けないので、24時間天井を眺めている日々

 

ベッドに横になっているだけの生活で、

体重はどんどん減って痩せていきます。

 

味の薄い「病院食」も入院生活で1番の楽しみになる。

 

なんでこんなに苦しまなきゃならないの!

こんな人生もう嫌だ!」

 

 

 

自暴自棄になり、死にたくなったりします。

 

次は死ぬほど痛い!「尿路結石」の話。

 

これも痛い!

なれば分かります!

本当に「死ぬほど痛い!」

 

私は元々腰痛を持っていたので、

腰に違和感が出てきた時に、

またいつものか」と身構えていました。

 

ところが、いつもと違う痛みに違和感を感じます。

腰だけではなく、

 

わき腹や背中まで鈍痛が広がっていき、

どんどん重く、激しい痛みに変わっていきます。

 

 

 

あまりに強い痛みに「冷や汗」が出始めると、

顔面はみるみる真っ青になりました。

 

更に「吐き気」「嘔吐」、

永遠に続く「地獄の苦しみ」

 

 

 

救急車で運ばれ、点滴に薬と睡眠薬が入り、

しばらくすると体の痛みが消えている。

地獄からの生還。

 

何度こんな苦しみを受けなきゃならないのか・・・

 

人間て苦しんでいる時は辛いけど、

でも、しばらくすると痛みを忘れてしまうんですよね。

 

出産なんてそうだと思います。

痛みを忘れないと、もう一度なんて思わないですよね。

 

私が物覚えの悪い「アホ」だからかもしれませんが、

痛みや苦しみを忘れ、

怠惰(たいだ)な生活をして同じ過ちを繰り返す。

 

健康維持が苦しみから逃れるのに大事であることを、

すぐに忘れてしまいます。

 

ひき逃げ事故に遭う

 

これは40代半ばの時の話です。

ある晩の事、夜10時ぐらいでしょうか、

仕事が遅くなり、駐車場までの道のりでした。

 

色々ストレスを抱えていた時期で、

考え事をしながら夜道を歩いていました。

薄暗い信号のない交差点。

 

正面からくる車を認識していました。

向こう側へ渡るのに、

車が来ないことを確認して渡っていたつもりでした。

 

しかし交差点の真ん中を過ぎたあたりで、

激しい衝撃で私は倒れこみます。

 

正面から来た車が、右折をしようとして、

私が歩いている後ろから

巻き込むように衝突したのです。

 

 

 

後ろから、無防備な所への衝撃

 

私は意識が飛び、目の前が真っ白になりました。

 

 

地面に叩きつけられた私は、

その瞬間、

頭が物事を認識していない

ことを感じていました。

 

 

 

何が起こっているのか?

脳がパニックになって「思考」できない状態。

 

この状態になっていることに、

理解ではなく感覚で感じ取るようなイメージ。

 

脳がバグって「思考」ができない状態であったが、

感覚が「ナンバーを見ろ!」と

体に指令を出していました。

 

 

 

目に映った4ケタのナンバープレートの数字。

 

これをもうろうとした状態で読み取っていたのでした。

 

その車は、私をひいた後、数秒停止していたため、

暗がりでもナンバーが読み取れたと思います。

 

停止しながら倒れた私を見ていたはずです。

 

でもその運転手は私を救護することも無く

急発進して現場を立ち去るのでした。

 

薄暗がりの交差点のど真ん中で倒れこむ私。

 

痛みで全く動けません。

 

 

 

早く道路の端っこまで移動しなければ、

後続の車にひかれてしまう。

 

必死にあがいても体が痛くて動けません。

 

もがき苦しんで、

もうダメだと諦め大の字になっていた所に、

救世主が来てくれました。

 

たまたま通りすがった、

お父さんと息子さんの親子。

 

ご近所さんだと思いますが、

夜の10時過ぎ、人気(ひとけ)のないところで、

本当にナイスタイミングで通りがかってくれたのです。

 

私を抱えて、道の端まで運んでくれて、

警察と救急車を呼んでくれました。

 

 

 

この時まで記憶していた

ナンバープレートの4ケタを伝え、

警察に伝言してもらいました。

 

大げさですが、「九死に一生」とは

この様な事かと思うほど、

こころから「助かった・・・」と思いました。

 

救急車と警察が到着してホッとしたかったのですが、

案の定、受け入れ先の病院がすぐ見つかりません

 

おまけに警察官から、

「痛い所大変恐縮です」

「ぶつかった場所ってどのへんだったか

指差してもらえますぅ~」

 

 

現場検証ですか?

痛くて辛いんですけど・・・」

 

 

そんな事はお構いなしに質問をされていました。

数日入院した後、警察の事情聴取を受け、

犯人逮捕の連絡を待ちます。

 

結局、警察から犯人の情報を聞いたのは

3週間ぐらい後でした。

 

犯人が捕まった」との事ですが、

話を聞くと、事故から数日たった後、

犯人は「自首」していたそうです。

 

 

怖くなり自首するなら初めから逃げるな!って

思いましたが、

 

パニックになった時って、

冷静でいられない・・・

 

そんな気持ちも分かります。

 

 

警察は、防犯カメラを解析したり、

とても大変な作業をされていたと思います。

 

救急隊員の方々も、毎日毎日事件事故に追われ、

本当に頭が下がります。

 

このような公務員の方々に、

人知れずお世話になっているんだな」と

つくづく思います。

 

 

 

犯人のひき逃げ事故の代償は、

懲役1年、執行猶予3年の判決でした。

 

私は顧問弁護士に、

慰謝料の請求対応をお願いしました。

 

結果的に約100万円ほどの慰謝料を貰いましたが、

とても納得のいく金額ではありません

 

 

 

この事故によって、受けた「痛み」と「苦しみ」

足と腰に後遺症が残り、

激しい運動が出来なくなりました

 

 

 

この事故に遭う(あう)まで、

ウエイトトレーニング、

 

いわゆる「筋トレ」をしていたのですが、

(ちなみにゴールドジムに通っていました)

 

体重が90キロで、

 

ベンチプレス最高150キロ1レップ(1回)を

挙げることが出来たほど、

ゴリマッチョに混じって本格的にやっていました。

 

ところがこの事故で体を動かせなくなり、

自宅で寝たきり生活のような状態が続くと、

たった2か月で体重が20キロも落ちてしまいました

 

 

 

筋骨隆々だった姿は見る影も無く

弱弱しくやせ細って行きました。

 

これからの人生が狂ってしまったのに、

慰謝料100万程度で納得なんかできない!

 

そんな憤りを感じても、元には戻りません。

 

それが運命だったのだ

全てを受け入れるしかない。

 

 

そう自分を慰めるしかありません。

 

そうしないともう「前へ進めないから

 

もしあなたが不本意に交通事故をおこしたなら、

 

その時は、落ち着いて、

直ちに車両の運転を停止して、

負傷者を救護し、安全を確保するようにしましょう。

 

いつでも「安全運転」で行きましょうね!

 

【余談】看護師とお付き合いをしていた時の話

 

私は、今まで入退院の経験が、ある程度あったので、

看護師さんにお世話になる機会が、

多少一般の方より多かったと思います。

 

当時、20代の若造ですから、入院すれば

看護師さんの彼女できるかなぁ」なんて思いますよね。

 

しかも、若い看護師さんたちも、

若い患者との出会いを求めてたりして。

 

かつて、そんな出会いが私にもありました。

 

「若い」ってだけでモテル。

これ、病院ではあると思います。

 

なぜなら、

私が入院していた時を思い出すと、

一般病棟には、私の他には

「高齢者」ばかり入院していたからです。

 

20代のシングル看護師さんなら、

高齢者ばかりの中で、

若い患者に自然と目が行くのではと、

勝手に想像してみました。

 

間違ってたらごめんなさい。

 

 

 

私は気になっていた看護師さんがいて、

 

バイタルを計りに来たり、

食事の準備をしている時に、

なるべく話しかけて、

気を引く」ようにしていました。

 

その看護師さんはYさんといって、

20代後半の年上の方でした。

 

Yさんは病棟ではもうベテランレベルで、

新米の看護師さんたちからの

良き先輩看護師さんでした。

 

少しずつ話しかけていくと、

Yさんも気さくに会話してくれるようになりました。

 

私は告白するタイミングを計算していました。

 

そうです!

夜勤」を狙います。

 

夜勤で病棟内を巡回して来る時。

 

私はその時を待ちます。

 

 

夜間、看護師さんは懐中電灯を照らしながら、

各ベッドを見てまわるのです。

 

カーテンをシャーッとめくって、

患者が寝ているか見に来ます。

 

 

 

Yさんが大部屋の4つのベッドを見て回ります。

 

カーテンを開ける音とコツコツという足音、

そして懐中電灯の明かりがだんだん近づいてきます。

 

いよいよ私のベッドに来た時、

私は起き上がってYさんが来るのを待っていました。

 

目と目が合う2人。

 

Yさんは笑顔で小さくささやきます。

おきてたの?ウフッ

 

もうドキドキワクワク

 

懐中電灯の薄明かりの中、

白衣の姿がたまらなく「かわゆく」見えるのです。

 

 

 

周りが寝静まっているので、

あまりしゃべることが出来ません。

 

私は事前に準備してあった、

手紙に携帯番号を書いて、

 

(当時の携帯にショートメールみたいな

機能が付いていたと思います。)

 

連絡ちょうだい」といって渡しました。

 

手紙のやり取りとか、今の時代ではありえないですね。

古臭いですが、懐かしい思い出です。

すみません。

 

 

 

そうして、連絡を取り合いながら

退院後にお付き合いをする事になったのでした。

 

年上のYさんは、

とてもやさしく、全てにおいて

未熟な私に合わせてくれているようでした。

 

私は自分の事しか考えておらず、

付き合っていても何のストレスも感じません。

居心地がよかったのは、

Yさんがいろいろガマンしていたから

 

 

大人になって、あの時のYさんの気持ちがわかりました。

 

Yさんの家に同棲させてもらって、

いろいろ甘えた生活をしていたころ、

突然高熱が出た時がありました。

 

Yさんは私の症状を確認し、

夜勤の為、出勤して行きました。

 

発熱して辛い症状で一晩過ごすと、

朝方Yさんが「点滴」を持って帰ってきました。

 

そのまま、お部屋の中で点滴をしてくれたのです。

針を刺し、点滴袋を壁にかけて。

 

おうちが病院に早変わり

 

見慣れぬ光景を不思議に思いながら、

点滴が終わるのを待ちます。

 

点滴持ってきちゃった

Yさんが笑顔で話します。

 

Yさんは病棟では婦長さんの次ぐらいの方だったので、

点滴1個ぐらい簡単だったのでしょう。

 

30年も前の話です。

 

点滴が終わると少し楽になり、

起き上がることが出来るようになっていました。

 

看護師の彼女最高!」

 

そう思えるのに数十年もかかっている馬鹿な私なのです。

 

若かりし私は、こんな最高の彼女のありがたみを

少しもわかっていない「クズ」野郎でした。

 

私はYさんと付き合いながら

ホスト」の道に走ります。

 

Yさんを捨て、水商売の客と付き合う。

 

Yさんは私の居場所をなんとか探し出し、

付きまとい」行為に出ました。

 

 

 

挙句の果てに、いままで払った生活費や、

買ってもらった商品などの請求、

諸々合わせて500万円の請求をして来たのです。

 

私が捕まらないと、

私の実家へ連絡して金の請求をするぐらい、

執念と怨念の塊でした。

 

白衣の天使をポイ捨てした愚か者。

 

救急車で運ばれる件数が多いのも、

祟り(たたり)かもしれません。

 

 

 

女神を怒らせると酷い目に合う。

人生で学んだ教訓です。

 

40代から始まる老化現象

 

誰もが皆、「老い」を経験する時が必ず来ます。

 

あなたも既に、20代や30代で、

 

あの頃は徹夜オールでも大丈夫だったのにな~」とか

 

高校の時は若かったんだよな~」とか・・・

 

考えたことありませんか?

 

 

 

10代の女の子は20歳で

オバサン」さんなんて言ったりして、

17歳最強みたいに若さをアピールしたりします。

 

若さ」っていつでも憧れなんです。

 

高齢になった経営者の方には、

若さが買えるのなら、1億でも2億でも買う。」

 

でも「若さ」は買えない。

 

 

 

だから、「若者たち」は既にそれだけで

何億もの価値があるよなんて

若者たちを激励したりします。

 

若い時ってその価値になかなか気づかないものなんです。

 

若さは「健康」とも言えます。

 

健康な時ほど、その価値に気づかない。

 

若いのに「もうこんな歳になっちゃって」と

歳とった感」を感じていても、

 

本格的な「老化現象」を

感じるのはもっともっと後でしょう。

 

 

 

私が「老化」を感じ始めたのは

40代に入ってからでした。

 

あの芸能人の名前なんだっけ?

こんな感じの会話、あなたも経験ありませんか?

 

 

今まで冗談で過ごしてきましたが、

分からない回数があまりに多く、

脳の引き出しから出てこないもどかしさ

 

先日は、ロッキーのあれは誰だっけ?って

「シルベスタースタローン」の

名前が出ませんでした・・・

 

外出する際、「携帯」や「」を忘れたり、

老眼」で近くのものに焦点が合わなかったり。

 

駅の階段がきつくなり、直ぐ息が上がったり、

段差のない所でつまづいたり。

 

排泄では結構「尿漏れ」で悩む方も多いと思います。

 

 

 

こんな感じで40代になると一気に

老化」が目に見えてきます。

 

今まで「若い」と思っていたのに、

実はそうとう「オジサン」「オバサン」になっていて、

 

自分も若い時には年上を

「オジサン」「オバサン」呼ばわりしていたのに、

今は若い人たちからそう呼ばれる存在になっている。

 

 

 

若いころは、自分が「老いる」なんて思いもしません。

 

でも、必ずその時は来るのです。

誰でも平等に。

 

 

 

50代になり更に体は思うように動かなくなりますが、

60代70代80代と老化は更に加速するでしょう。

 

いつだって、「今が一番若い!」

 

この感覚ってすごく大事だと思います。

 

 

 

鏡で、おでこやほうれい線のしわ、

薄くなった頭や白髪を見ると、

 

「老けたなぁ~」

 

「もう若くないし」

 

なんて思ったりします。

 

肩も痛いし腰も痛い。

 

下っ腹は出てるし、

口もくさい。

 

オッサンいいとこねーな」なんて

しょげたりしますが、

 

そんな時こそ「今が一番若い

 

この言葉が自分を慰めてくれます。

 

 

 

老いと向き合い、今の自分を認める事で、

若さへのあこがれ」よりも、

老いる喜び」を感じる人生。

 

私はそう感じて生きるようにしています。

 

病気になってわかる健康のありがたみ

 

様々な病気になり、辛い入院生活をしていると、

やはり「健康」であることの「ありがたみ」を感じます。

 

 

 

人間って本当に不完全で、

失って初めて気づく生き物なんですね。

 

「恋人」も「家族」も「友達」も、

失ってその大切さに気づく。

 

あたり前にずっとそばにいるって勘違いしてしまう。

 

その他に私が失わないと気づかなかった事は、

 

「サラリーマン」として会社に所属している事でした。

「脱サラ」してわかる「会社組織の大きさ」

いかに会社という器に守られていたのか

 

 

 

会社の器」を失うと、

個人事業のちっぽけさに気づきます

何の信用も無い

 

 

 

新規の取引をするのに企業も銀行も、

何の信用もしてくれません。

 

ガード下の飲み屋なんかで、

会社の愚痴を言っているサラリーマンの姿、

よく見かけると思います。

 

文句言いたいのはわかるけど、

会社は社会保険の半分を負担していて、

仕事が出来なくたって、

そう簡単に解雇もできない

 

会社に属してるって、

意外と守られているものなんです。

 

そして、会社で働くのは大変だけど、

大変で頑張ってるからこそ、

 

週末が待ち遠しくて、

たまに行く旅行が楽しくて、

ご褒美のレストランが美味しくて・・・

 

辛い思いをしているからこそ感じる

しあわせ」ってあります。

 

 

 

お金を稼ぐ必要も無く、

毎日暇していると、

こんな感覚って無くなると思いませんか?

 

今日一日、一生懸命働いたからこそ、

晩酌のキンキンに冷えた缶ビール!

 

プッハァ~~~うっめぇ~~~」って

あの感じです。

 

 

失わないとその大切さに気付かない。

「健康」はその最たるもの。

 

健康だからこそチャレンジできるし、

 

健康だからこそ恋愛もうまくいくし、

 

健康だからこそごはんもおいしいし、

 

健康だからこそ幸福を感じることが出来る

(ハンディーキャップがある方が不健康という意味ではありません)

 

この50余年、たくさんの「不健康」を感じたからこそ、

健康」のありがたみをひしひし感じる今日この頃なのです。

 

幸福であるための予防(コンテンツビジネス)

 

健康」は「幸福」につながる。

 

過去の病院生活から

そう思えるようになったのですが、

健康であるためには、

肉体的健康」と、「精神的健康」、

両方必要だと思っています。

 

肉体的健康は、ある程度の不摂生に注意して

病気の予防をすれば得られます。

 

「精神的健康」を得ようとすれば、

ストレスの発散が必要ですね。

 

ストレスや不安を失くし「安心感」を得る事で、

精神的健康状態」になるのではないでしょうか。

 

あなたはどのような状況になったら、

人生において「安心感」を感じることが出来ますか?

 

 

 

私は今まで、正直お金に困る人生を送ってきました。

 

会社をクビになり、フリーター生活。

サラリーマンで必死に働いても貯金ができない。

 

いつも何かに「不安」を感じて生きていました。

 

だから起業して、

今までよりお金を多く得られるように努力しました。

 

お金の心配が減ると、確かに「安心感」は増えます。

 

人生お金だけではない!」

その通りなのですが、

 

最低限の生活に困らない「収入」がなければ、

人生の「安心感」は得られません。

 

 

50歳を過ぎてくると、「残る余生」を意識します。

体が快活に動く「健康寿命」はわずかです。

 

残り少ない「健康寿命」を生き生きと

「安心感」を持って過ごすためにも、

生活に困らない安定収入が必要だと私は考えます。

 

今現在、私の「安心感の源」である

コンテンツビジネス」は、

場所にも時間にも束縛されず、自由に仕事ができます。

 

実業とインターネットビジネス両方で

月収100万円を稼いだ結果、

今はパソコン一つでビジネスが出来る

自由な生活にシフトした事で

健康と安心感を得ているのです。

 

 

 

かつて会社経営をしていた頃は、

会社の場所にとらわれ、

精神的な自由もありませんでした。

 

今の様な心からの「安心感」ある生活が出来るのも、

働き方を「コンテンツビジネス」に、

変化」させたからだと思っています。

 

 

 

私のように元情弱で、ド底辺の生活をして、

看護師さんをポイ捨てするようなクズ

回り道をして来たネット音痴の中高年であっても、

 

再現性が高く

正しい努力さえすれば

成果が見える「コンテンツビジネス」が

最も効率の良いビジネスであり、

豊かな人生と「安心感」を得られる手段だと思っています。

 

中でも私の場合、

ストレスからの解放感がとても大きかったです。

 

雇用されれば、

解雇や左遷(させん)、

パワハラが付きまといます。

 

雇用する側に立てば、

人手不足、人間関係のトラブル、

収益確保の責任、税務調査に身構えたり。

 

収入が上がっても、

ストレスからは解放されませんでした。

 

幸福?健康?どこにあるのですか?

 

どんどん命を無駄に消費していくようです。

 

 

 

そんな幸福から遠ざかっていた中高年の私が、

令和の時代になってからコンテンツビジネスで

成果を出せたのも、「良いメンター」に出会い

正しい努力をしたからです。

 

きっとこれを読んでくれているあなたも、

今からでも遅くはないはずです。

 

あらゆる投資ビジネスもコンテンツビジネスも

数十年前からビジネスの「本質」は変わっていません。

 

例えば、ロバートキヨサキさんの

「金持ち父さん貧乏父さん」は、

不動産投資の話で有名ですよね。

 

初版が1997年に発売された

不動産投資のバイブルですが、

30年近く経った今でも

不動産投資の手法は変わりません。

 

コンテンツビジネスも同じ。

 

つまりあなたも私のように、

コンテンツビジネスで成功を掴む

「チャンスと可能性がある!」

 

私はそう信じています。

こんな私でも成功を掴むことが出来たのですから。

 

教え子の起業仲間とクローズドの温泉合宿に行きました

2024年3月15日

1日で300部売れた人気の電子書籍が読めます

私は実業で年商3億・2社売却した後、
ゼロからコンテンツビジネスに出会い、
50代でも月収で100万円以上を自動的に稼いでいます。

環境や才能に恵まれたわけでもありません。


もともと虐待やいじめを受け
精神的に未成熟なまま
ド底辺のアルバイト生活を
送っていた私です。


そんな私が、
コンテンツビジネスとメンターに出会い、
正しい方向性で少しだけ真剣に取り組んだところ、
簡単に本物の自由と幸福を得ることが出来ました。


コンテンツビジネスを学ぶ過程では、
コンテンツを作る方法や
価値を届ける方法など、
普通じゃ学べないことを知ることができました。


環境や才能に恵まれなかったとしても、
正しく学んで正しく実践すれば
だれでも活躍できると確信しています。


そして同じような人が増える事で、
失われた30年を乗り越えて
活気のある良い世界になるのではと
本気で思っています。


そのような理念から、
私がどの様にビジネスに取り組み、

今の資産を築き上げ、

生活に困らない潤沢な  「お金」
会社に拘束されない   「自由な時間」
過ごしやすく居心地の良い「場所」
ストレスを感じない   「人間関係」

を手に入れたか、
そのリアルな軌跡と成功体験を
一つの書籍にまとめています。


この電子書籍は
過去にSNSにて
1日で300部売れた人気の作品です。

現在、もう販売は停止し、
メルマガのなか限定で公開しています。


ストーリー形式のため
約20分程でスラスラと読むことが出来ます。
ぜひ興味があれば読んでみてください。


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最後まで読んでいただきありがとうございました。

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